第八章 ジョリスの救出
 ゼノンを連れてレドラから出た二人は、郊外に停泊させてきたジースの飛空艇を目指した。ゼノンのエアカーに乗って移動する車中で、スレイドは彼らしからぬ驚愕の表情を浮かべている。
「これが噂の『無人車』か。すごいな、初めて乗った」
 そう言いながら運転席を覗き込むと、手で表面をさすった。
「あるのはパネルだけか。こんなパネルだけで、よく事故も起こさず運転するものだな」
 滅多に見られないスレイドの感嘆顔に、ルーカスは少し得意げな気分になった。
「エアカーは、エデンでは子供から大人まで誰もが使う移動手段です。目的地さえ指示してしまえば、子供が乗っても心配ないですしね」
 スレイドはルーカスの言葉を聞いているのかいないのか、身を乗り出して窓の外を覗き込んだ。
「レールもないのに走れるのか?」
 その問いには、ゼノンが自慢げに答えた。
「おうよ! これは儂(わし)が開発した飛空艇とエアカーの『あいのこ』みたいなモンじゃからの。これさえあれば短距離ならどこにでも行けるンじゃが、さすがにドラシルまでとなると、遠すぎてのう。燃料が保たんのじゃ。かといって、この狭い車中じゃ燃料を置く場所もないし」
「ドラシルまでの途中で燃料を補給出来そうなところ、ありませんしね。ジースさんの飛空艇なら、燃料補給することなく、直行でドラシルまで行けるはずです」
「そいつ、ヒューマノイドなんじゃろ? ──そりゃ楽しみじゃわい。ヒューマノイドで飛空艇を造れるヤツなんざ、見たことないからのぅ」

 ──ええ。ぜひ、楽しみにしていてください。

 ルーカスはそう言いたかったが、その言葉は呑み込んでおくことにした。隣で腕組みをしたまま自分を睨み据えているスレイドの視線が痛かったからだ。
 ──もう。何とか二人、仲良くやってくれないものかなぁ……。
 心の中でぼやいた。

* * *


 ちょうどその頃。
 ジースはブリッジの操作台に足を載せ、パイプを加えながらエンジンの部品を修理していた。しかしほつれたワイヤーが一向に解けず「だぁーっ、めんどくせぇ!」と叫ぶと、操作台に部品を放り投げた。頭の後ろで手を組むと背もたれに寄りかかり、天井を仰ぐ。
「あいつら遅ぇなぁ。どーこほっつき歩いてンだかなぁ」
 ふとその時。夕暮れにさしかかり薄墨色のヴェールが降りてきた砂漠を、真っ直ぐ進んでくる光を見つけた。ジースは操作台から足を下ろして身を乗り出し、目をすがめながら手を水平にして額にあてた。
「んんー? あれ……まさか『エアカー』か?」
 それに気づいた瞬間、操作台にのせた両手に体重をかけて身を乗り出した。
「マジでエアカーじゃねぇか! すげぇ! あいつら、どうやってエアカーなんか手に入れたんだ!」

 ジースが驚いている頃。
 エアカーに乗っているゼノンも、ジースの飛空艇を見て甲高い声をあげていた。
「何て洒落たデザインなんじゃ! こんなデザインセンスを持ったヒューマノイドなんざ、お目にかかったことないぞ」

 洒落たデザイン……。ゼノンはアカデミーでも屈指の宇宙工学博士だが、そのゼノンの趣味が必ずしも高尚かといえば、決してそうではないようだった。
 飛空艇にエアカーを横付けした後も、ゼノンは飛空艇を眺め感嘆の声を上げた。
 ジースの飛空艇。それは一見、レトロなデザインをしていた。性能としてはエデンにもある飛空艇と大差ないが、外見上は地球がカタストロフィーを起こす前に空を飛んでいたという飛行機によく似ている。違うのは内装だけで、ブリッジ以外の場所は食糧庫や居室になっているというぐらいだ。もっとも、そうした構造よりもド派手な色合いの方が印象に残りやすいと言えるが……。実際、ゼノンの褒めどころも「そこ」にあった。
「本当にすごいぞ! このまばゆい程の赤と黄色、そして黒! なんて見事なんじゃ! 美的センスもアーシアンを遥かに凌ぐ、まさしく儂好みじゃわい」
 ルーカスとスレイドは、唖然としたままゼノンを見つめていた。
 ジースの飛空艇。それは、極彩色で染めつくされたどう褒めようにも褒めどころがないセンスだと、二人はそう思っていた。しかし、そこはやはり十人十色。千人いれば千人千色。ジースのセンスを「素晴らしい」と感嘆する人間がいても不思議ではないのかもしれない──無理矢理そう納得した。

 飛空艇の周囲でやんややんやと騒ぐ声に気づき、ジースが顔を覗かせた。ぬぼーっと現れたジースの姿を目にした瞬間、ゼノンは「おお!」と絶叫した。
「お前がこの飛空艇を作ったのか! さすが、いいセンスをしとるわい。その格好も、アメリカの海兵隊をモデルにしとるのか?」
 ゼノンの絶賛に、ジースは目を見開いた。
「じーさん! アメリカのこと知ってンのか?」
 ゼノンは大きく頷いた。
「当然じゃ! 先史文明を研究した人間で、アメリカのことを知らんヤツはおらん!」
「でもそれって、天変地異の前にあったんですよね? 本当にそういう国があったのかどうか、定かではないと聞いていますが──」
 素っ気なく言いはなったルーカスの言葉に、ジースもゼノンも険しい形相で反論した。
「アメリカは絶対に『あった』! おとぎ話でも何でもない!」
「はぁ……」
 リアリストのルーカスにとって、あまり信じられない言葉だった。
 無理もない。地軸の移転による人類全滅に近い状況から復活した新たなアース暦において、先史文明の記録など何も残されていないのだから。だが、かつて地球には五つの大陸があったとされている。ジースやゼノンが言っているのはその中の「北米大陸」と言われるところにあった国のことのようだが、今はその実在さえも疑われている程だった。とはいえ、ヒューマノイドは元々地球で生き残った人類である上に、エデンのように先史文明の研究が軽視されているわけではない。そのため、先史文明における情報はエデンよりも豊富にあった。
「俺らヒューマノイドにとって、アメリカは英雄の国さ! 俺の父ちゃんがいうには、俺の先祖はアメリカ人だったらしいぜ!」
「おお! それは羨ましい! 儂ぁ、自分がアーシアンに生まれたことが屈辱でならなかったからのう。いやぁ──お前さんのこと、儂は本気で『気に入った』! 早速儂の家に来て美味い酒でも飲まんか?」
「おお、じいさん! 俺もあんたのこと気に入ったぜ! 行こう行こう! 二人で美味い酒飲もう!」
 二人で意気投合している姿を、ルーカスとスレイドは釈然としない表情で見つめていた。
「あの……ゼノン博士。ドラシルに向かう準備は──」
 ルーカスの問いに、ゼノンはぶんぶんと手を振る。
「そンなもん、明日じゃ明日! 今夜ぐらい大はしゃぎしても、罰は当たらん。何せ何十年も、儂ぁ大はしゃぎしてないからのう」
「そうだそうだ! 今日は飲んで騒いで歌おうぜ!」
 ジースも大はしゃぎである。困ったようにスレイドを見上げるルーカスに向かい、スレイドは無言だったが──表情は「だから言っただろ」と言わんばかりの表情だった。ルーカスは大きく溜息をついたが、ここはゼノンの要望を承諾することにした。

* * *


 宴会のために一度レドラの自宅に戻ったゼノンは、三人を招いてご馳走を振る舞ってくれた。食事のほとんどはレドラで有名なレストランから仕入れたらしい。ゼノンは上機嫌で、鼻歌を口ずさみながら三人の前にボトルを置いた。
「いいか、小僧ども! これが、レドラで有名な『梨リキュール』じゃ!」
 そう言って、グラスにほのかにクリーム色をしたドリンクを注ぐ。
「梨リキュール?」
「レドラでは、梨の育成が有名なんじゃ。ちなみに、梨だけではない。ハーブもいっぱい入っておるぞ。レドラだけのオリジナルリキュールじゃ」
 そう言ってゼノンはウィンクする。
「梨リキュールもいいけど、俺様はこっちのが気に入ったな」
 そう言ってジースはジョッキを掲げる。すでに何杯も呑んでいるジースは、顔が真っ赤になっていた。
「おお、『ドラシルビール』か! それは麦芽100パーセントの、ホンモノのビールじゃぞ。加工ビールじゃないからの。儂の部下に言って、ここまで持ってこさせたんじゃ。どこに行っても飲めない、ホンモノのビールじゃ!」
「マジか! そんなものあンのか! 初めて聞いたぜ」
「おお、あるさ。ドラシルにはな! ドラシルはヒューマノイドとエデン嫌いのアーシアンにとって、楽園とも言える場所じゃ!」
「っかぁ──! 俺、ドラシル大好き! 麦芽ビール大好き! 早く行きたい!」

 飛び交う言葉に、ルーカスは溜息を吐いた。
 そもそもエデンでは飲酒の習慣がない。酒というものさえ、存在しないのだ。だから、ヒューマノイドタウンに降りてからみなが口にする「酒」というものが、よく理解出来なかった。
 かたや、スレイドはよく嗜んでいたようだ。慣れた様子で何杯も飲み干しているが、ジースのように顔が紅潮したり多弁になることもない。いつも通り、淡々としたままだ。
 ジースとゼノンはかなり気があったのか、肩を組み合い歌い出す始末だ。そのテンションについていけず、ルーカスは席を立った。
「ちょっと、外で涼んできます」
 ルーカスの言葉など、ジースもゼノンも聞いてはいない。互いに抱き合って背中をバンバンと叩き合いながら、何が楽しいのか分からないが大声で笑い続けていた。

 ルーカスは窓を開けて、ベランダに出た。
 ゼノンの家はレドラの頂上にあり、高台から見下ろすと遠くまで果樹園や麦畑が広がっているのが見てとれる。この周辺は温暖な気候なので、唯一農耕が盛んな地域となれたのだ。ここでとれる食物のほとんどはエデンに仕入れ、その残りはレドラのものとなる。だが、その残りだけでも充分レドラが潤える程の富なのだ。赤い砂の街などに仕入れたら、きっと多くの人が救われるに違いない──ルーカスはそんなふうにも思う。
 遠くにかすむ光、あれが「エデン」だ。ヒューマノイドタウンの明かりとは異なり、やや紫がかった白光が強く際だつ。街全体が輝きを放つように見え、神々しくさえ思えた。
 あの街に自分はいたのだ──そう思っても、懐かしいとは思えない。
 だが、せつなさはあった。あそこには、ネクタスとティナが囚われの身のまま自分が来るのを待っているのだ。翼があれば、すぐにでも二人の元に行きたい。すぐにでも行って、二人を助け出したい。だが、それが出来ない自分の身の上が辛かった。

 ──先生、ティナ。早く、あなた達を助けたい……。

 心の中で呼びかけ、唇を噛みしめた──その時。
「ルーカス」
 背後で声がした。振り返ると、スレイドが立っている。
「スレイド。どうしたのですか?」
「俺も、外の空気が吸いたくなってな」
 そう言って、ルーカスの隣に立つ。スレイドの視線は、まっすぐクリスタルの建物群に注がれていた。
「あれがエデンか?」
 ルーカスは深く頷いた。
「そうです。輝くクリスタルの都。すべてが透明で輝いていて、そして……無機質な街です」
 ルーカスの答えに、スレイドは反応しなかった。ただ黙って、前方に霞むエデンを見つめている。
「俺はまだ、アーシアンという生き物がよく分からない。俺自身が、アーシアンから生まれていたとしてもな。だが……」
 そう言うと、スレイドはルーカスに顔を向けた。
「だが、俺は──お前のことは『理解したい』」
 何らかの思いを含んでいるかのような言葉に、ルーカスは僅かに緊張した。
「な、何を言っているのですか?」
 スレイドは全く目を逸らそうとしない。あまりにも真剣に見据えられ、ルーカスの方が気恥ずかしくなって目を逸らしたくなった、その時。

「お前、本名は『ルーカス』じゃないのか?」

 息が止まった。
 言葉が出ず、スレイドを見つめ返す。目の前にいるスレイドの目には、どことなく悲しげな色が感じられた。
「は……はい。以前は、『サルジェ』という名でした」
「──なるほどな。確かに、俺がネクタスから聞いた名はルーカスではなかった。だが、どうしても思い出せなかった」
「す、すみません! 正直に言わなかったことは、謝ります。ただ、エデンで使われていた名前を、名乗りたくなくて……」
「それで、俺をずっと騙してきたのか?」
 スレイドの言葉には、失望感も漂っていた。
「そ、そんなつもりは──」

 ルーカスは後悔していた。
 思えば、スレイドはずっと自分を守ってくれていたのだ。出逢ってまだ1日も経っていない時でさえ、彼は自分を案じて、身を挺して守ってくれていた。
 そんな存在に、自分の本名をあかせられなかったなんて──。
「ごめん……なさい……」
 消え入りそうな声で、ルーカスは言った。
 スレイドはベランダに腕を置いたまま、遠くにかすむエデンを見つめている。夜風が、スレイドの紅い髪を靡かせていた。
 思わず見惚れてしまう程に整ったスレイドの横顔を、ルーカスは為すすべなく見つめ続けた。彼が今、何を思い、何を考えているのかが、ルーカスには全く分からない。だが彼を失望させていたとしたら、それは自分が悪いのだ。どう謝罪しても謝罪しきれない。何だか泣きたい気分になった──その時。
 スレイドは溜息を吐いて顔を伏せると、小さく言った。
「他、俺に嘘を吐いていることはないか?」
 確認するように問いかける。
「もうそれ以上、隠していることはないのか?」
「え……は、はい」
 ルーカスの言葉に、スレイドは小さく笑った。
「なら、お前を『信じる』。だが、もう二度と俺に隠し事はするな」
 それは、スレイドにとって決意の言葉でもあった。「これ以上隠し事がないのであれば、お前を信じよう」という決意。そして、スレイドは再び視線をエデンへと向ける。
「スレイド。あの……」
 ルーカスが言葉を続けようとした、その時だった。

 まっすぐエデンを見つめていたスレイドが、僅かに表情を険しくした。その微細な表情の変化でさえ、ルーカスは見逃さなかった。
「どうかしたのですか?」
「──あれを見ろ」
 そう言って、スレイドは前方を指し示した。その指先の方向を見て、ルーカスも息を呑んだ。

 二人の前方にあったもの。
 それは、「真っ赤な炎をあげるエデンの都」だった。

「あれは……炎? まさか──まさか、エデンが燃えている?」
 二人の前には、神々しい白光を放っていたエデンの光が赤く染まる姿があった。
「一体、誰が──」
 ルーカスはそこまで言って、はっと気がついた。
 
 ──きっとレジスタンスだ!

 シオンが言っていた。「近々、ジョリスの救出に踏み切る」と。その計画を、実行に移したのではないだろうか?
 同じことを、スレイドも感じていたようだ。
「おそらく、シオン達の仕業だろう。だとしたら、ジョリスは救出できたのか?」
「分かりません。だけど、きっと──」

 ルーカスの言葉は、途中で爆音にかき消された。空気が破裂したような感覚がして、ルーカスもスレイドも耳を押さえた。背後を振り返ると、立ち上る煙と炎が見える。
「炎? 何故このレドラに?」
「きっと『ワームホール』です! レジスタンスの人達が、レドラに逃げ込もうとしたのでしょう。それが、アンゲロイに見つかって──」
 そう話すルーカスの声を、激しい銃声が遮った。同時に悲鳴が響き渡る。
「このままではレドラの住民までもが、レジスタンスとアンゲロイの闘いに巻き込まれるぞ」
「行きましょう!」

 ルーカスとスレイドが外に出ようとした時、部屋からゼノンが飛び出してきた。
「一体、何事じゃ!」
「レジスタンスです! おそらく、シオンさん達がジョリスさんの救出に踏み切ったのかと──」
「何じゃと!」
 ゼノンは目を見開いた。ついさっきまでジースとさんざん酒を交わしていた為、顔が真っ赤に紅潮している。だが、思考力と判断力に鈍りはいっさいなかった。
「こうしちゃおれん! 一人でも多くのレジスタンスを救わんと……」
「救出には、私とスレイドが行きます。博士はジースさんの飛空艇に乗り込み、ドラシルに向けて出港の準備をしてもらえますか?」
「分かった!」
 ゼノンは大きく頷いた。
「ジースのヤツ、すっかり酔いつぶれておる。叩き起こして飛空艇に行き、お前達やレジスタンスの帰りを待っとるぞ!」
「すみません、お願いします!」
 ルーカスは会釈をして言うと、スレイドと共だって銃声のする方へ走り出した。

* * *


 ルーカスとスレイドは、銃声がする方へひたすら走り続けた。辿り着くと、そこはすでに銃撃戦の跡が窺えた。数名、息絶えているアーシアンとアンゲロイの姿がある。ここで死んでいるアーシアンは、全員レジスタンスだろう。みな戦闘スーツを身に纏っていた。その周辺は瓦礫と燃えたぎる炎、人肉が焼けるような嫌な匂いがした。スレイドが路地の果てを指し示す。
「銃声が向こうに移動しているぞ」
「きっとレジスタンスを追って、アンゲロイが移動しているのでしょう。私たちは先回りをして、アンゲロイより先にレジスタンスの元へ行きます!」
「先回り? お前、この路地がどこに繋がっているのか分かるのか?」
 スレイドの問いに、ルーカスは力強く頷く。
「レドラに入る前、徹底してレドラの模型を見て地図を頭に叩き込んだのです。目的は自分達に何かあった際の逃げ場を見つける為でしたが、思わぬところで役に立ちました」
 そう言って微笑を浮かべる。
 ルーカスは周囲を見回し、一本の路地に注目した。慎重に耳を澄ませ、銃声の響く音からレジスタンスがどちらに移動しているかを探り出す。答えが出た瞬間、力強く指し示した。
「こっちです!」
 二人はすぐさま、その路地に向かって走り出した。

 その頃、レジスタンスのメンバーはアンゲロイに追い詰められていた。激しい銃撃戦を展開するも、なかなか引き離すことが出来ない。地理に疎いレドラの街並みでは、ことさらだった。
「畜生! このままじゃ殺られる! まだポーターの座標は掴めないのか!」
 物陰に隠れてパネルを操作している男がかぶりを振った。
「駄目だ。途切れたホールの残存が見あたらない。新しくシオンに探ってもらわないと、僕では無理だ!」
 男の言葉に、銃を構えたレジスタンスは悔しそうに眉間を寄せた。アーシアン特有の整った顔に、玉のような汗が浮かんでいる。
「──ここまでか。ワームホールなしでは、逃げ切ることなど到底不可能だ」
 覚悟を決めた、その時。

 爆風と共に、体が吹き飛んだ。
 慌てて起き上がると、さっきまで隠れていた瓦礫の山が消し飛んでいる。目の前には、パネルを操作していた男が目を見開いたまま横たわっていた。
「ザイル!」
 仲間の死を嘆く暇もなく、アンゲロイがこちらに向かってくるのが見えた。
 青年は覚悟を決めた。ポケットから、小さなカード型のチップを取り出す。それは、自爆用のスイッチだった。そのスイッチを押そうとした──その時だ。

 背後から誰かに腕を引かれた。振り返ると、そこには年若い少年の姿があった。気のせいだろうか、この少年をどこかで見かけたことがあるような気がする──。
「早く! こっちへ!」
 少年はすぐさま青年の腕を引っ張った。それと同時に紅い髪の青年が飛び出し、落ちていた銃を手にした。アンゲロイに向かって発砲する。アンゲロイの抗戦を交わしながら、そのまま路地の中に走り込んだ。

 アンゲロイ。エデンで特殊訓練を積んだ、レジスタンスを撲滅するために傭兵された軍隊。元は運動神経が優れた一人の兵士をオリジナルに創られたクリティカンで、軍隊として大量生産させるためにクローン育成されている。いわば、アーシアンの中でも突出した戦闘集団だった。
 スレイドはアンゲロイと同等かそれ以上の運動神経を持っていると推定されたが、それでもたったひとりで複数のアンゲロイを相手には出来ない。その上、ルーカスも、そしてレジスタンスの青年も決してアンゲロイのように闘いに長けているわけではない。このままでは追いつかれる危険を察知したスレイドは、銃を乱射しながら周囲を見回した。自分達のいる場所がアーチ形の煉瓦で囲まれた通路になっていることに気づいた瞬間、背後にいるレジスタンスの青年に叫んだ。
「さっきの自爆装置をよこせ!」
 レジスタンスの青年は一瞬躊躇ったが、すかさずスレイドに自爆装置を渡した。スレイドはそれを手にした瞬間スイッチを押し、瞬時にアンゲロイに向かって投げつけた。

 光が走ったと同時に、爆発が起きた。爆風でルーカス達三人の体もその場で倒れる。煉瓦が天上から崩れてくることに気づき、スレイドが声をあげた。
「走れ! 早く!」
 それを合図に、三人は走り出した。もう少しで通路の出口だ。そこを越せば、崩れる煉瓦に巻き込まれることはない。間一髪で通路を抜け切ると、ルーカスとレジスタンスの青年は倒れ込むようにして路地に座り込んだ。
 背後には崩れた通路の煉瓦だけが積みあがっていた。幸いそこに住居はなく、爆発に巻き込まれたのはアンゲロイだけのようだ。危機が去ったことに気づいてから、大きく溜息をついた後、レジスタンスの青年が言った。
「助けてくれて、どうもありがとう。ところで、君達は──?」
「私はルーカスと言います。彼は、ヴァルセルさんの息子のスレイドです」
「ヴァルセルだって?」
 青年は驚いたようにスレイドを見上げた。
「じゃぁ、まさか君達が、ネクタス教官が守ってきたという──」
「はい。先生はずっと私たち、そして、ヴァルセルさんの遺志を守り続けてきました。あなた方レジスタンスのことも、先生から聞いています。それに、先日シオンさんにも会いました。そこでジョリスさんの救出の件も聞いたのです」
「そうか。シオンとも会ったのか……」
「他のメンバーは、ここにはいないのですか?」
 青年は煤で黒ずんだ顔のまま頷いた。
「ああ。僕を含む数名だけが、ワームホールの移動中にはぐれてしまったんだ。何者かによって、ワームホールの出口を変えられていたんだ」
「では、シオンさんやジョリスさんは──」
 青年はかぶりを振った。
「分からない。だが、シオンとジョリスは先頭集団にいた。僕たちは最後尾だ。だから、おそらく無事に逃げ延びていると思うのだが……」
「シオンさん達の逃げたところは、インフェルンですか?」
「そうだ。インフェルンのイルサット。そこが、ジョリス達のアジトだ」

 ルーカスは、背後のスレイドを見上げた。
「この人を、ジョリスさんのアジトに連れて行きましょう」
「構わないが──ドラシル行きはどうするんだ」
 そう言われ、ルーカスは再び青年に視線を向けた。
「私達は、ゼノン博士を連れてドラシルに行きます。その後インフェルンに渡るつもりなのですが、あなたも一緒に行きませんか?」
「ああ、そうしてもらえると非常に助かる。移動中に、ジョリス達と連絡が取れるかもしれないし」
 青年は即座に同意した。
「僕の名前は『リゲル』。アカデミーで物理工学を専攻していた。シオンとは同級生だ」
「宜しくお願いします、リゲルさん」
 そう言うとルーカスは手を差し伸べた。リゲルは安堵したように笑うと、ルーカスの手を握り返した。

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(任意)