第七章 ネクタスが残した希望
 午前中にガルシアを出たルーカス達だったが、レドラの麓についた頃にはすでに日が沈んでいた。すぐレドラ入りしたい気持ちでいっぱいだが、レドラはエデンに近いが故に危険も多い。また、レドラは唯一エデンと交流のある街なので、エデンの警官や治安部隊が潜入している可能性も考えられる。そのため、準備を念入りにして損はないといった状況だ。
 飛空艇のブリッジでルーカスはジースの隣に座り、レドラの状況を調査していた。パネル上の指を動かすごとに、宙に浮かぶ光の粒子が様々にレドラの光景を垣間見せる。立体的なホログラムには、レドラの街の縮小模型が浮かび上がっていた。

 エデンにもっとも近いと言われるレドラだが、飛空艇でも40分はかかる距離にある。エデンの門前町とも言われる白い壁に覆われたレドラの街からは、遠くの山間にクラスターのようなエデンを臨むことも出来た。
 レドラの造りは、まるで巻き貝のようだ。らせん状に伸びる道の中央に家々が建ち並び、そうしたらせん状の建物群が複数連なっている。上空からレドラを眺めれば、大中小様々な形の巻き貝が並んでいるように見えるだろう。エデンには幾分劣るが、ヒューマノイドタウンの中では「外観が最も美しい街」として名高い場所だ。
 レドラの頂上を目指すとそこは展望台になっていて、遠くにエデンを眺めることが出来る。頂上は風通しもよく、ある程度の富裕層でなければ住めない為、亡命したアーシアンの多くはレドラの頂上付近に住むことが多かった。中腹付近には商店街が建ち並び、その下には製造業を営む工場が建ち並んでいる。そうした階級別に造られた街の仕組みもエデンとよく似ている。
 立ち上がって様々な角度からレドラの構造を把握しようとするルーカスの隣で、ジースはパンをむしゃむしゃと貪り食っている。よほど空腹なのかすごい勢いで食べ尽くした後、指を舐めつつ言い放った。
「……ったくよう──。そこまでレドラを警戒する必要なんぞあるのかねぇ? エデンに入るってンならともかく、たかだかレドラだぜ? 俺様ぁてっきりすぐ入れると思ったから、ガルシアで軽食しか積んでこなかったのに、まさか一昼夜パンだけで凌ぐことになるたぁ想像もしなかったぜ。メシ我慢しなくちゃならない程準備する理由なんざ、俺様には欠片もねぇよ」
「ジースさんにはなくても、私にはあるんです」
 そう返答しつつ、ルーカスはホログラムから目を離さない。ジースは「俺にはわからんなぁ」と言いながら、操作台に足を載せて椅子にふんぞり返った。
「いい加減、教えてくれませんかねぇ? どう見たっておメェは普通のガキじゃねぇよ。アーシアンの上、妙に頭もキレるしさぁ。しかも、やたらエデンを警戒してるし」
 そう言うと足を下ろし、腕を操作台についてルーカスを覗き込むように顔を突き出した。
「そもそもよぅ、あの紅い髪のイケメンとお前はどんな関係なんだよ。あいつもタダ者じゃねぇ匂いすンだが……」
「──ごめんなさい。本当に言えないんです」
 即座に──でも丁重に断るルーカスに向かい、ジースは「けっ」と唾を飛ばした。
「ま、いいけどよ。短い間とはいえ仕事を請け負った仲なんだから、少しは信用してくれたって良さそうなモンだけどな」
「すみません、信用してないわけではないんです。ただ、私達の事情が複雑すぎるので……」
 そう言うと、ルーカスは顔を伏せる。その表情は、僅かに悲しみを伺わせた。ジースは目をすがめてかぶりを振る。
「わぁったよ! もうこれ以上聞かねぇよ。……なんでぇ、湿っぽい空気にさせやがって」
 あまり突っ込んだ詮索をしないのは、ジースの思いやりだとルーカスは感じていた。話し方はぞんざいだし、変なところで頑固だし、その上どことなく間が抜けているものの、ジースの人の好さはこの1日で充分伝わってきた。出来ればもっと長いこと、道中を共にしたい──そう思う。

「あの……、ジースさん」
 躊躇うような声かけに、ジースは「おうよ」と返答する。
「その──少し、私たちとの契約を延長して頂くことは可能ですか?」
 その言葉はジースにとって意外だったのか、ふんぞり返っていた姿勢を元に戻すと勢いよく身を乗り出した。
「『延長』だぁ?」
「はい。実は私も、この街でどんな展開が待っているか全く見当がつかないのです。でも、この街の後にはインフェルンに渡りたいと思っているので──」
「イ、インフェルンだって!」
 ジースは素っ頓狂な声をあげた。
「お、お前! ここからインフェルンに行こうものなら、この船の最高速度で移動してもまる1日かかるぜ!」
「はい。それを承知で、お願いしたいのですが……」
 真剣な眼差しを前にして、ジースは大きく溜息を吐いた。
「お前さん、金払いがいいし、俺様も暇をもてあましてたから、別にインフェルンまで送って行くのは構わンけどさ。だけど──そこまでする以上は、お前の素性を明かしてくれないと割に合わンぜ」
 ルーカスは大きく頷いた。
「勿論です。ジースさんにそこまでのことをお願いする以上は、『全て』をお話します。約束します!」
 決意の誓いに、ジースは快諾した。
「よっしゃ! そこまで言ってくれるなら、俺様ぁ一肌も二肌も脱いでやらぁ! あとはそうだな、あのイケメンに土下座して『どうかインフェルンまで連れて行ってください』って頭を下げてもらおうかな!」
 そう言ってガハハと大笑いする。
 だが、ルーカスの顔色は瞬時に変わってしまった。蒼白を通り越して蒼黒くなってしまった彼を見て、ジースは慌てて否定した。
「じょ、冗談だよ、冗談! そんなこと言った日にゃ、俺様ぁその場で命がねぇよ」
「そ、そうですよね。ジースさんだけじゃなく、承諾した私も殺されます……」
 この場にスレイドがいないことを、ルーカスは心底感謝した。今頃彼は、くしゃみが止まらないでいることだろう──そう思いつつ。

* * *


 一晩かけてレドラの様子を探索したルーカスは、翌日の朝、スレイドと一緒にレドラに入ることを決意した。
 レドラ人口の半分は、エデンを出たアーシアンで占めている。そのため、アーシアンの容姿自体がさほど目立たないと言えども、ルーカスは指名手配の身だ。慎重に慎重を重ねるぐらいが丁度よい。すぐに外見が分からぬよう、フード付きのマントを羽織ることにした。ヒューマノイドタウン暮らしが長いアーシアンは、紫外線避けとして普段からよく着ている衣装でもある。ここレドラは街並みが全部白色で統一されている為、反射光も強い。そのため、ガルシアよりもマントを羽織ることに違和感がないことは、ルーカスにとってありがたいことだった。

 ルーカスはジースに待機を命じ、スレイドと二人だけでレドラを目指した。街の近くにある交通機関の待合室で他の乗客と共に列車に乗り込むと、そのままレドラの中心部へと向かう。
 レドラの交通機関トレインは、エアカーなどを所有出来ないヒューマノイド達にとっては命綱ともいえる程の移動手段だ。らせん状になっている坂道の横をぐるぐるとレールが取り巻き、その上を移動していく。ひとつの車体に乗れる人数は100名が限界だが、それが数分おきに出る上に24時間稼働している為、街の人達が移動に困るようなことはまずなかった。
 ルーカスとスレイドは大勢のヒューマノイド達に紛れて車内に乗り込んだ。窓際から見える風景は、緑溢れる農作物の畑、そして、白い壁に囲まれた美しい街並みだ。レドラはこの大陸においてもっとも農耕産業が発達している街でもあるのだ。
 ふと、スレイドが尋ねた。
「ここから先、ゼノンってヤツをどうやって捜す気だ?」
 ルーカスはフードを僅かにあげて、スレイドに顔を向けた。
「本来、私の立場から考えてもあまり聞き込みをしない方が良いとは思うんですが……そうはいっても聞き込みしない以外、捜しようがないですしね」
「すぐに見つかりそうなのか?」
「分かりません。当たってみない限りは、何とも──」

 そう答えたルーカスだったが、意外にもゼノンの足取りはすぐに掴めた。交通機関であるトレインを降りた後、ステーション近くにあった店の主人が、あっさり教えてくれたのだ。その店主曰く、どうやらゼノンはこの街ではかなり有名な「偏屈爺」らしい。

「俺ぁ周りから言われるまで、あのじーさんを『アーシアン』だなんて思わなかったんだ。だってさぁ、アーシアンってのは、あんたみてぇに綺麗な顔したヤツらが多いだろ? なのに、あのじーさんはどう見てもチンクシャで、猿みてぇな顔してっからな。背もちっちゃくて、腰も曲がって、そこらにいる普通のじじぃにしか見えねぇよ。その上、性格もとっつきにくいと来たもんだ。あのじーさんがアカデミーの博士だったなんて、今でも信じられねぇぐらいさ」
「とっつきが悪いというのは、愛想が悪いということですか?」
 ルーカスの問いに、男はぶんぶんとかぶりを振った。
「愛想なんてモンじゃねぇぜ。ちょっとでもじーさんの気に入らないことがありゃ、すぐに水ぶっかけられるか、杖で殴られるかのどっちかだ」

 店主の説明に、ルーカスは固く瞼を閉じた。
 ──なるほど。相当に偏屈で、手に負えないということだけは、よく分かった……。

「あのじーさんなら、この路地をまっすぐ行った突き当たりに住んでるぜ。だけど、用心した方がいいぞ。二度ノックして出てこなかったら、そのまま引き下がった方がいい。そうでないと、水をぶっかけられるからな! このあいだなんざ飲み屋のツケを払ってもらおうと押し掛けたマスターが、頭から水をぶっかけられて風邪ひいたなんて話してたぐらいさ。あのじーさんには相手がヒューマノイドだろうがアーシアンだろうが、年寄りだろうがあんたみたいな少年だろうが関係ねぇ。まったくもって容赦ないじじぃだから、用心するに越したこたぁねぇぞ」

 水をぶっかけられる──思わず身震いをした。

 情報をくれた店主に丁重に礼を言った後、ルーカスとスレイドは言われた場所へと向かった。
「大丈夫なのか? 水をかけてくるようなクソじじぃの所に行って」
「仕方ないですよ。水をかけられようが湯をかけられようが、行くしかないんですから……」
 なかばヤケになっていた。
「それにしても、そのじいさんは本当にお前の恩師が会えって言ってたヤツなのか? そんな変人に、大切なことを頼んだりするものか?」
「私も、それについては合点がいかないのですが……。ここまで来たら、信じるしかないです」
 その言葉は、自分に言い聞かせる意味もあった。

* * *


 店主に言われた場所に向かうと、他の家群から孤立したように一軒家が建っていた。おそらく、これがゼノンの家なのだろう。家そのものは白壁と花壇に囲まれた愛らしい造りで(しかしこの花壇をゼノンが手入れをしているとは、到底ルーカスには思えなかった)、とてもではないが偏屈爺が住んでいるようには見えない。ルーカスは緊張した面持ちで、スレイドを振り返った。
「では『行きます』!」
 決死の覚悟で断言し、ごくりと喉を鳴らして唾を呑み込んだ後、ドアをノックした。

 ──コンコン、と軽やかな音が周囲にも響く。
 だが、応答がない。
 もう一度、ノックする。
 それでも、応答はなかった。

 さらにノックしようとした時、ルーカスの腕をすかさずスレイドが掴んだ。
「よせ、もう三度目だぞ! 水をかけられる前に、撤退した方がいいんじゃないか? 明日また出直せばいいだけの話だ。わざわざ水をかけられる必要なんてない」
 それも一理あるが、ここで引き下がるわけにも行くまい。
「水を掛けられてでも、とにかく会って話さないと……」
 そう言って、三度目のノックをする。

 だが、同じく反応はなかった。

「留守──なのかな」
 ルーカスが呟いた、その時である。

「誰じゃ! 儂(わし)の眠りを邪魔するヤツは!」

 ドア向こうで怒声が響いた。
 ──いた!
 慌ててルーカスが返答する。
「あ……、す、すみません! ゼノン博士ですか?」
「そうじゃ!」
「あ、わ……私は、『ルーカス』と言います。は、博士とお話がしたくてレドラまで来ました。このドアを開けてもらえませんか?」
「ルーカス? 知らん名じゃ。そんなヤツに儂(わし)から話などない!」

 瞬殺。

「い、いえ。私の話を聞いて頂きたくて──」
「お前の話なぞ聞く耳ないと言っとるんじゃ! とっとと帰れ! でないと、『氷水』を頭からぶっかけるぞ!」

 ──氷水。
 水から何故かグレードアップしている。

「お、お願いです。少しだけ扉を開けて、話を聞いてもらえませんか?」
「しつこいヤツじゃな! これでも喰らえ!」
 そう言うや否や、扉が勢いよく開かれた。目の前には、桶を手にした老人が立っている。小柄で、店主が説明したとおりチンクシャで皺だらけの顔をしているが、まるでエメラルドを彷彿とさせるような美しい緑色の瞳をしていた。寝間着姿のまま桶を抱え、ルーカスに向かって水がたっぷり入った口を向けている。表面にはプカプカと氷が浮かんでいた。

 ──やられる!

 ルーカスは水をかけられるのを覚悟した。

 だが、一向にかけられない。
 それどころか、目の前でゼノンは愕然と目を見開いていた。その視線は、ルーカスの背後に立つスレイドに注がれている。食い入るように目を見開いたまま、手にしていた桶を落とした。ガシャンと音をたてて、渇いた地面に水が広がっていく。

「ヴァ……ヴァルセル! 生きておったのか!」

 ゼノンが何に驚いているかが分かったルーカスは、かぶりを振った。
「──いいえ。彼は、ヴァルセルさんではありません。その息子のスレイドです」
「スレイド? セヴァイツァーに預けられたという、あのスレイドか! ヤツはまだ15歳のはずだが……」
 そうです、彼も15歳です。そう言おうと思ったが、何故かその言葉が出なかった……。
「ということは……。お前が『サルジェ』か! なんじゃ! 最初からそう言えば、すんなり扉を開けたのに。──そうか、なるほどな。言われてみれば、シリアにそっくりだ」
 シリアのことも知っていたことを知り、ルーカスは安堵した。
 だが、その背後でスレイドが怪訝そうな顔でルーカスを見下ろしていることに、ルーカスは気がつかなかった。
 サルジェという名前。
 スレイドには自分の本名を告げていなかった事実を、ルーカスは失念していた──。

「でしたら、先生のことは──」
 ゼノンは大きく頷いた。
「ネクタスじゃろう? 勿論、よく知っておる! お前がいつか必ずここに来るからと、あいつから『重大な任務』を承っていたからな」
 ルーカスとスレイドは顔を見合わせた。
「重大な任務?」
「そうじゃ。でも、『まだお前達には見せられん』がな」
 そう言うと、ゼノンは二人に背を向ける。
「入れ。奥で話をしよう」

* * *


 ゼノンに招き入れられた二人は、案内された椅子に腰を下ろした。ゼノンが二人に珈琲を差し出した時、ルーカスは徐にカードを取り出す。
「先日、レジスタンスメンバーであるシオンさんにお逢いして、その時に渡されました」
 ゼノンはカードを手に取った。黒くて薄いカードの表裏を眺めた後、おもむろにこう言った。
「これは、『儂の金庫の鍵』じゃ」
「えっ?」
 ルーカスは目を丸くした。
「これ、博士のなんですか?」
「そうじゃ。じゃが、その中身のほとんどはネクタスのものじゃ」
「どういうことですか?」
「ネクタスは、もうだいぶ前から自分の身が危険になると予測しておった。儂のところに来て、儂に『ある依頼』をし、その料金として自分の全財産を儂によこしたんじゃ」
「ぜ、全財産ですか!」
 驚愕するルーカスに、ゼノンは頷く。
「勿論、その依頼内容そのものが高額な金のかかるものなので、ほとんどは材料費に消えてしまっている。だが、それでも尚余りある金を、ネクタスはお前に残したんじゃ」
「わ、私に?」
「そうじゃ、『お前に』じゃ」
「せ、先生にはティナという実の娘もいます! 彼女の分は──」
「おそらくネクタスは『その娘の保護も含めて』、お前に全財産を贈与することにしたのじゃろう。お前に、その娘を守ってもらうという前提で──な」

 ネクタスの思い。
 その思いがどれほどのものかを、ルーカスは改めて実感した。
 同時に──。
 同時に「絶対、先生を助けたい」そんな思いにも繋がった。助け出し、必ず礼を述べたい──そう思ったからだ。

「ネクタスが捕まるとは……。いつかそんな日が来るとは思っていたが、それでも、やはり絶望感は隠せない。あいつがやっていることは、確かにエデン──いや、アグティスに背く行為だった。だが、それはアーシアンだけでなくヒューマノイド、ひいては地球の為に必要なことじゃった。あんなに心優しく、かつ正義感ある男が捕まるとは……。奴の正義感は、ただの虚栄から来るものではない。全人類──いや、宇宙に生きるすべての生命に対する慈愛から生じたものじゃった。儂は長いこと生きてきたが、ネクタス程心が純真で、綺麗な魂を持った人間を他に見たことがない。そんなヤツが捕まるとは──やはり、この世に神は存在せぬのかのう……」
 ゼノンは悲痛そうに顔を歪めると、静かにかぶりを振った。
「ゼノン博士。先生は、一体何を博士に依頼したのですか?」
 ルーカスの問いに、ゼノンはしばらく無言だった。それはまるで、依頼内容を話して良いかどうかを考えあぐねているかのようだった。ややもして決意が固まったのか、ルーカスに顔を向けるとこう言った。

「『次元間移動が出来る船』の製造じゃ」

 その言葉に、ルーカスもスレイドも即座に反応出来なかった。
「じ、『次元間移動が出来る船』?」
「そうじゃ。ネクタスは、エデンを敵にするのであれば次元の穴──すなわち『ワームホール』に逃げ込む必要性があることを想定していたのじゃ。ワームホールに逃げ込んだ際、長期間いることが出来る耐久性のある船。それが、ネクタスからの依頼だった」
「そ、そんな船、出来るんですか?」
「ああ。かなり難しい要請ではあるが、出来ん話ではない。儂は、その船の製造をドラシルで行っておってな。かつて儂の教え子だったヤツらがみな、ドラシルでその製造に協力してくれておる。もうしばらくすれば完成すると言っておった」
「いつからその船は、作っていたのですか?」
「ネクタスがインフェルンに赴任する時だから、2年前からだ」

 それを聞いて、ルーカスの胸が熱くなった。ネクタスはインフェルンに発つ前から、ルーカスの旅立ちの為に準備してくれていたのだ。ネクタスは自分のすべてを賭けて、サルジェのために希望を残してくれていた──それを思い、ルーカスの目頭が熱くなった、その時。

「のう。お前さん達に頼みがあるんじゃが、儂のことをドラシルまで連れていってくれんかね? 本来はレジスタンスに頼むつもりだったんじゃが、レジスタンスはジョリスの救出作戦で立て込んでおるからの。誰にも頼めず、困っておったのじゃ」
 ルーカスは即、頷いた。
「いいですよ。私も、是非その船が見たいですし。ドラシルに行くまででしたら、すでに飛空艇をチャーターしています」
 ルーカスの言葉に、スレイドは眉間を寄せた。
「飛空艇のチャーターって、まさか……」
「はい。ジースさ──」
「断る!」
 言い終わる前に、断られてしまった…。スレイドは憤怒の表情で紅潮していた。
「お前、俺に何の相談もせず勝手に決めたのか! あいつに俺が何をされたか、知ってるだろ!」
「は、はい……。ですが、物理的に彼にお願いするしかないので──」
「俺はごめんだ! 一秒たりとも長く、あいつの船になんかいるもんか! お前がヤツと一緒に行くっていうなら、俺は赤い砂の街に帰る!」
「そ、そんなぁ……」
 困り果てたルーカスを見て、ゼノンが声をあげて笑った。
「さすがは威勢がいいなぁ! ヴァルセルの息子だけある」
 そう言うと、感慨深そうな瞳で二人を見つめた。
「ヴァルセル──あいつも短気じゃったからなぁ。お前達二人を見ていると、若い頃のヴァルセルとネクタスを見ているような気になるわい」
「先生とヴァルセルさんも『こんな感じ』だったんですか?」
 ──こんな感じ。ルーカスにとって、含蓄ある言葉だ。
「そうじゃ。いつだってヴァルセルがいきり立ってどやして、ネクタスを困らせておったな」
「二人は、喧嘩ばかりしていたのですか?」
「──いや、違う。そういうワケじゃない。あいつらは、すべての人間が到達し得ない程の信頼関係を結んでいた。『ある一件』が、起こるまでは……」
「ある一件?」
 ルーカスが首を傾げる。
「それって、どのようなことですか?」

 ゼノンは黙って、ルーカスを見つめていた。
 サルジェ。シリアをオリジナルモデルとしたクリティカンで、彼女に生き写しの少年。

 かつて、優しくて美しい女性研究員に二人の青年が恋に落ちたことを、ゼノンは思い返していた。
 そのうちの一人と女性研究員は相思相愛になったが、もう一人の青年が抱いた満たされない恋の情熱は、癒されぬままずっとくすぶり続けていた。
 ある日、どうしてもその女性を失いたくないと思った青年は、女性研究員が自分の親友と婚約をしたと知った直後、彼女を無理矢理「強姦」してしまったのだ。後日、それが判明したのは──犯された時に子を身ごもってしまったことが分かってからのことだった。
 それを知った女性の婚約者であり、かつ親友でもあった青年は激怒した。そして、大の親友だった青年と絶縁宣言したと言われている。
 その数日後。
 心から信頼していた唯一の親友と、愛する存在を同時に失って落胆しきった青年は、エデンに捕らえられてしまった。そして、公開処刑になったのだ。
 彼の公開処刑後。絶縁を宣言した親友は死ぬほど自分を責め苛み、心の底から愛していた女性研究員との本懐を遂げることすら断念した。その代わり、親友の息子と愛する女性研究員がデザインしたクリティカンを守り抜くと、堅く誓いを立てたのだった。
 そして同時に──処刑された親友が女性研究員を強姦した際に身ごもった娘を、我が子として養子に迎え、慈しみ育てるという決意をして──。

 ヴァルセルとネクタス。
 二人の間にあったシリアを廻る一連の事件を、ゼノンは思い返していた。
 皮肉にも今、ヴァルセルの息子の隣にいるのは、ヴァルセルが恋い焦がれても得ることが出来なかった存在に瓜二つなのだ。あたかもヴァルセルは、自分の報われぬ想いを自分の血を引く息子で叶えようとしているかのようだった。

 突如黙り込んでしまったゼノンを見て、ルーカスは首を傾げた。
「博士?」
「あ、ああ、すまん──。何でもない」
 ゼノンは笑って答えた。
「ところで、そろそろ儂をお前達の船に案内してもらっても良いかの。出発は明日の朝でも遅くはあるまい。じゃが、どんな飛空艇なのかを一目見たいと思ってのう」
「分かりました。行きましょう」
 そう言ってから、ルーカスはスレイドをちらりと見上げる。

「あの、博士がそう言っているので……」

 語尾がごにょごにょと誤魔化される。腕組みをしながら険しい表情を浮かべていたスレイドだったが「チッ」と舌打ちするとこう言った。
「勝手にしろ!」
「スレイドも……来てくれますよね?」
「──ああ。『仕方ないから』行ってやる」
 その言葉に、ルーカスの表情がパァッと輝いた。
「本当ですか!」
「だが『今回だけ』だ! これ以上あのバカ男とつるむなら、俺はすぐさま手を引くからな!」
 捨て台詞を吐くと、スレイドはルーカスに背を向けひとり先に扉から出て行ってしまった。

be Aliveをお読みいただきありがとうございます。
よろしければ作品に関するご感想をお寄せください。一言でも大歓迎です!
(任意)