第四章 訪れた旅人
 赤い砂の街では、ほとんど雨が降ることもない。しかし、雨期の時期になると暗雲が立ちこめるように広がることはままあった。その日も、照りつける太陽が姿を隠す程の厚い雲が垂れ込めていた。嵐を予兆させる程の猛烈な風が吹き荒んでいる。
 砂を含んだ風を全身に受けながら、マントに身を包んだ人物が一歩、また一歩と砂の中に足を踏みしめていた。フードを深々と被り、砂を吸わないように宛てたマスクが顔のほとんどを覆っている。
その人物はある建物の前で足を止めた。架けられた看板は激しく風に揺れているが、そこに「ウェストサイドホテル」と書かれていることを確認すると、扉のノブに手をかけた。

 激しく窓を揺らす風に、ルシカは手にしていたグラスを拭きながら不安そうな面持ちだった。
 ──酷い嵐になりそうね。二人とも、大丈夫かしら。
 スレイドとルーカスは、ルシカからの依頼で街の外れにある店まで食料品を注文に行っている。出掛ける時はここまで酷い天候ではなかったが、ここ数十分の間で急激に荒れ始めたのだ。風の唸りが響くと同時に、木造ホテルの窓枠がギシギシと揺れる。
 二人を気に掛けるルシカの前で、扉が開いた。反射的に明るい声が口からこぼれた。
「お帰りなさい! 酷い風だから心配し──」
 そこまで言って息を呑む。
 扉向こうから姿を現したのは、スレイド達ではなかった。フードとマントに身を包み、顔のほとんどをマスクで覆った存在。ルシカは瞬時に警戒した。
「い、いらっしゃい……」
 警戒心を押し隠して、努めて明るく言った。そんなルシカの思いをよそに、入ってきた客は周囲を見回していた。ここには自分達以外誰もいないことに気づくと、こう呟く。
「人を、探しているのだが──」
 柔らかい声色だ。どうやら、年若い青年のようである。
「人?」
「ここに、『アーシアンの少年』は来ていないか?」
 ルシカは瞬時に顔を顰めた。目の前に立つ人物はマスクでほとんど覆われている上に、フードを深々と被っている為、顔が見えない。もしかしたら、ルーカスを捕らえに来たアーシアンかもしれない──ルシカは咄嗟に誤魔化した。
「ざ、残念だけど、ここはアーシアンに見向きもされない程の辺鄙(へんぴ)な場所よ。アーシアンなんか、一人も来ないわ」
「そんなはずはない。以前にも、アカデミーで教官をしていた者が来たはずだ」
 思い当たる事実を告げられどきりとしたが、咄嗟に平静を装う。
「何かの間違いでしょ? 悪いけど、客じゃないなら帰ってちょうだい」
 ルシカは素っ気なく言いはなった。何事もなかったかのように、淡々とグラスを拭き続ける。マントに身を包んだ青年は、しばらくそこに立ちすくんでいた。しかし、ポケットから袋を取り出すと、ルシカの前のカウンターに投げ置いた。中にはコインが入っているのか、チャリンと音がする。
「これで、部屋を一晩借りたい。言っておくが、宿代一週間分にはなる金額だぞ」
 金を餌に釣ろうとする魂胆が見え見えの言葉に、ルシカの表情は険しくなった。
「……ずいぶんと気前がいいンだねぇ、お客さん。でも、生憎だけどこのホテルは、金欲しさにやってるわけじゃないの。ここのオーナーが私である以上、得体の知れない客は泊めない主義なんだ。ここから十分ほど大通りを言ったところにウチより大きなホテルがあるから、悪いけどこの投げ置いた金をそのまま持って行って、そこで泊まってちょうだい」
 そう言うと、ルシカは袋を投げ返した。それを片手で受け取った後、青年はしばし沈黙しながらも「さて、このガードの堅い女性を、どう切り崩そうか」と模索しているかのようだった。まずは「得体の知れない」その状況を解決するため、フードを外した。
 その瞬間、ルシカは息を呑んだ。
 フードの下から出てきたのは、絹糸のような直毛の金髪だった。長い金髪をひとつに結び、肩から垂らしている。顔の半分以上を覆っていたマスクを外すと、一見女性的だが端麗な顔立ちが薄暗い照明の下に現れた。その上、瞳の色は今まで見たことがない程鮮やかなエメラルド色だ。まるで宝玉と陶器で作られたかのような青年を前にして、ルシカは確信した。間違いない。彼はアーシアンだ。
「これで、得体は知れたはずだ」
 そう言うと、青年はそばにあった椅子に腰掛けた。
「探している人物が戻るまで、ここで待たせてもらう」
 どうやら、青年は全く動く気はないようだ。その上、「ここに自分の探す人物がいる」ということを確信しているようだった。
 ルシカのこめかみに、冷や汗が浮かんだ。この人物は、明らかにアーシアンの刺客だ。それ以外、ルーカスを捜しに来る理由なんてどこにもない。

──まずいよ、ルーカス。あんた捕まっちゃう……。

 ルシカは様々に手だてを講じた。ここにいる青年を油断させて、殺してしまうという手もあるかもしれない。だが、アーシアンはヒューマノイドの何倍も運動神経が良いと聞いている。確実に青年を倒す手段は全くなかった。
 では、ルーカスを逃がすという手段はどうだろう。
 幸い、二人はまだ戻ってきていない。二人が行っている場所も、おおよその見当が付く。自分が二人の元に行って、危険を知らせる以外方法がないのではないか?
 その手を思いついた瞬間、ルシカはマントを手にしていた。
「……そ、そう。わかったわ。それなら、悪いけど──お客さん、少し留守番していてくれる?」
 カウンターから出て、マントを羽織った。
「ちょっと、食材をきらしちゃって──」
「それは出来ない相談だ」
 青年が低く告げる。
「い、いいじゃない。すぐに帰ってくるから──」
「『彼』に、私がここにいることを知らせに行くつもりだろう。悪いが、その手には乗らない」
 そう言うと、ポケットから何かを取り出した。ヒューマノイドタウンではあまり見かけない形をしているが、紛れもない銃だった。引き金に指をあてると、銃口をルシカへと向ける。
「こんな手を使いたくはないが、こちらも命がかかっているんでね。それも、私だけじゃない。大勢の仲間の命がだ。君を行かせて、みすみす機会を逃すわけにはいかない。ましてや、仲間の命を危険にさらすことなど、到底出来ない」
「あ……あんた、一体何者なの?」
 ルシカの問いに、青年はしばらく悩んでいるようだった。銃口をルシカから外すと、テーブルの上に置く。
「今はまだ、素性を明かすわけにはいかない。だが、私は『君達の敵ではない』」
 ルシカは鼻で笑った。
「敵じゃない、だって? 銃で私を脅したくせして、よく言うわ!」
「君だって、太股に隠したナイフで私を斬りつけようと狙っているではないか」
 ルシカはぐっと息を呑んだ。太股のナイフ。護身用に、いつも持っているものだ。確かに、隙があればこのナイフで斬りかかるつもりだったが──まさか、どうやって見抜いたというのか。千里眼でもあるというのか。
「アーシアンってのは、油断も隙もない生き物ね。でも、自ら『敵じゃない』って言われても信用するわけには行かないわ」
「それなら、もう少し時を待って欲しい。私が敵ではないことを、すぐに証明してみせるから」
 そう言うと、青年は椅子に座り直した。
「それより──珈琲ぐらい、出してくれないのか?」
 青年の言葉に、プイッとルシカは顔を背けた。
「敵じゃないことが証明されない限り、珈琲どころか、水一滴たりとも出すもんですか!」
 その時、少しだけ青年の顔が困ったように歪んだ。
「実はさっきから、喉がカラカラに乾いているんだ。お金ならいくらでも払うから──」
 その言葉に、ルシカの目尻がきっと上がった。
「あのね! そうやって何でも金で片付ける姿勢、私『大っ嫌い』なの! お金出せば人が動くなんて思ったら、大間違いよ! 人は『信頼や情』で動く生き物なんだから。……とくに、『私』はね」
 そう言うと、無言のまま厨房に入った。何も言わずグラスに水を入れると、青年の前に水の入ったグラスをガンと置く。驚いたような表情で見上げる青年に向かい、ルシカは言った。
「金欲しさでやってるンじゃないわ! あンたが『喉がカラカラだ』って言っていたから、可愛そうだと思って水を出したのよ。だから金はいらないわ。金で出したと思われたくないもの」
 ルシカの気迫に、青年はしばらく呆然と目を見開いていた。何度も瞬きをした後、クスリと笑う。
「──やれやれ。ヒューマノイドの女性はたくさん見てきたが、君みたいに気が強い上に頑固な人は初めてだ」
「何とでも言ってちょうだい。それより、実は敵だってことが分かったら容赦しないからね」
「分かった。もう、君には何も言うまい」
 そう言いながらも、青年はどこか笑みを堪えられない様子だった。ルシカも「悪い人物ではないのだろう」──そう思ったが、銃口を向けられたことに未だ腹を立てていた為、緊張を解くことは出来なかった。

* * *


 青年がホテルに訪れてから十分もしないうちに、ルーカスとスレイドは戻ってきた。猛烈な砂嵐から逃げるように扉を開けて中に飛び込むと、見慣れない人物に目を見開いた。
 最初に気づいたのはスレイドだった。その人物がアーシアンであると見抜いた途端、背後にいたルーカスを隠すように立ちはだかった。
 一方、青年もスレイドを見て目を見開いた。椅子から立ち上がり、食い入るようにスレイドを見つめる。
「ヴァルセルさ──」
 そこまで言いかけて、かぶりを振った。
「いえ、そんなはずはないですね。彼は15年前に死んでいる」

 その言葉に、ルーカスが反応した。目の前にいる見慣れぬアーシアンに、警戒心が過ぎる。だが、青年は笑顔を浮かべていた。ルーカスを見つめ、微笑んで言う。
「心配しないで大丈夫です。私の名は、シオン。レジスタンスの一員で、今日はあなたの恩師の依頼でここまで来たのです」
「恩師? まさか、ネクタス先生!」
 ルーカスはスレイドの背後から飛び出した。シオンの前に立ち、身を乗り出す。
「先生は、無事なんですか!」
 シオンは頷いた。
「無事ですよ。だけど、それも時間の問題です。あなたが捕まらないままであれば、教官も無事では済まないでしょう。勿論、お嬢さんも──」
「ティナも? 二人は今、どこにいるんですか?」
「別々の牢獄に捕らえられています。エデンの牢は脱獄が出来ないようワームホールになっていますが、先日、偶然にも教官の牢にアクセスすることが出来たのです」
「会えたんですか、先生に!」
「はい。その時に、預かってきたものがあるのです」
 そう言うと、シオンはポケットから小さなカードを取り出した。
「──これは?」
「レドラにいる知人に渡して欲しい、と言っていました。それを渡せば、あなたにとって必要なものは全て手に入るだろう、と」
「誰に、渡せばいいのですか?」
「ゼノン──と言っていました。かつてアカデミーで教官をしていた、宇宙工学の博士だそうです」
「……ゼノン」

 ルーカスは手のひらに載せたカードを見下ろした。今でも様々にルーカスの身を案じてくれているネクタス。その思いが、ルーカスの胸を熱くした。カードを握ると、胸元に手を宛てる。

「それから、これもネクタス教官からです」
 シオンが布にくるまれたものを差し出した。
「当面の資金が入っています。これだけあれば、レドラまでの移動も安心でしょう」
「あらぁ! 良かったじゃない、ルーカス! アーシアンが太っ腹な生き物で」
 ルシカが声を上げたが、どことなく言葉に皮肉が籠められていた。
「そこの綺麗なおにーさん、私にもコインを投げ置いてくれたわ。まるで『おめぐみだ』と言わんばかりにね! ……まったく! アーシアンっていけ好かない生き物ね!」
 どうやら、ルシカはシオンを嫌っているらしい。
「別に投げ置いたつもりはないですよ」
「あら、そうかしら? ──何よ、ルーカスが来た途端、敬語になっちゃってさ! それまで私には偉そうな態度とってたくせして! ヒューマノイドだからって、バカにしてたんでしょ!」
「いえ、別にそういうつもりじゃ──」
 シオンは困り顔だった。その顔を見て、ルシカはプッと吹き出した。
「冗談よ。──まぁ、ちょっとムカついていたから半分本気でもあったけど……、ルーカスの味方なら大目に見るわ。銃口、向けられたけどね」
 ──やはり、根に持っているようだ。
 シオンはかぶりを振ると、ルーカスに目を向ける。
「今や、レジスタンスも危機的な状態なのです。レジスタンスの未来は、ひとえにあなたの無事にかかっているので──やむを得ず、彼女を脅しました」
「どうして、危機的な状態なのですか?」
 その問いに、シオンの表情が僅かに陰った。
「先日、レジスタンスのリーダーであるジョリスが、アンゲロイに捕らえられたのです」

 ジョリス。アカデミーにいた頃、今のレジスタンスリーダーという人物のホログラムを見たのを思いだした。優しそうな人物だったことを、今でも鮮明に思い出す。

「しかし、ジョリスの救出はレジスタンスが必ずや成功させます。数日中にも我々は動き出すつもりでいますので、それは心配しないで下さい。問題は──ネクタス教官と、お嬢さんです」
「何故、二人を捜し出すのがそれほど困難なのですか?」
「レジスタンスは、移動用ポートでエデンの侵入を容易にしています。その作戦を主に立てているのが、物理工学科の研修生であるこの私です。私が作成するワームホールは、他の研究員に見抜かれることがまずありません。レジスタンスのメンバーは、万が一捕らえられたとしても外部から居場所が分かるように、特殊の発信装置を体に埋め込んでいるのです。なので、ジョリスの場所はすぐ容易に分かるのですが──残念ながら、ネクタス教官とお嬢さんは……」
「その発信装置が埋め込まれていないため、分からない──ということですね」

 落胆したルーカスの肩に、スレイドが手を置いた。「諦めるな」そう言っているかのように。
「仮に潜入出来たとして、二人を捜しだせる可能性はどのぐらいだ」
 スレイドの問いに、シオンはかぶりを振った。
「正直、可能性はかなり低いです。ワームホールで囲まれた牢獄に近づくことは、素人ではほぼ不可能ですし」
「あんたなら、それが出来るのか?」
「やれないこともないでしょうが、一度には無理です。まずはジョリスの救出が先決です。レジスタンスの指揮がとれなくなれば、それだけで多くの仲間達の命が奪われることになるでしょうから」
 シオンは絞り出すようにそう言うと、ルーカスに目を向けた。
「すみません……。分かってください」
「いえ、いいんです。きっと先生も、ジョリスさんの救出を優先して欲しいと願っているでしょうから」
 そう言うと、シオンを見上げる。
「だけど──もし、もしジョリスさんが救出されたら……その時は私と一緒に、先生とティナを助けてくれますか?」
 すがるような目に、シオンは深々と頷いた。
「勿論ですよ」
 それから、視線をスレイドに向ける。
「君が、スレイドだね。髪の色が金色ではないから、てっきりここに君はいないのだと思っていたよ」
「俺の髪が、そんなに珍しいのか」
「アーシアンであれば、絶対に金色にしか生まれないはずなので。ただ──」
 ルーカスが首を傾げて問うた。
「ただ?」
「ただ──アーシアンの祖である四聖人は、異なる髪の色の者もいたと聞いています。ミハエル、ラヴィエル、ガブリールは金髪でしたが……アズライールだけは、深紅の血を思わせるような色の髪をしていた、と。まるで、今の君のように」

 ルーカスは背後を振り返った。
 深紅の髪──アズライールと呼ばれるスレイド。
 もしかしたら、彼は──

「馬鹿馬鹿しい! そんなもの、ただの伝説だ。それに、俺はあんたらが言うようなヴァルセルとやらの息子じゃないかもしれないぞ」
 答えを思い浮かべるより早く、スレイドの声が思考を遮ってしまった。
「それはないですよ。こんなにそっくりなのですから──」
「他人のそら似、ってヤツかもしれないな」
 そう言うと、スレイドはフロアのソファーに腰を下ろした。まるで「もうその話は二度とゴメンだ」とでも言いたげに。
「そろそろ、私も行きます。あなたの旅の道中が安全であるよう、祈っています」
 そう言って、シオンはルーカスの手を握った。
「あら、おにーさん! 泊まって行くンじゃなかったの?」
「この宿に金髪のアーシアンが二人もいたら、怪しまれてしまう。それに私も、ジョリスの救出を急がなければならないので」
「ふーん。ちょっと夜が面白くなりそうって、思ったのにね。残念だわ」
「あなたに太股のナイフで寝首を掻かれるのは、ご免です」
 そう言って、ルシカを一瞥する。どうやら、シオンも根に持っていたようだ。
「何よ。お互い様じゃない!」
 ルシカは腕を組んで頬を膨らませた。

 シオンはマントとフードを身に纏ってからルーカスに向き直ると、笑顔で言った。
「レドラでゼノン博士に会った後、インフェルンに来て下さい。そこには、あなたの仲間が大勢います。ジョリスを救出した後、私達もあなたのことを待っていますので」
 ルーカスは頷いた。
「分かりました。必ず、向かいます!」
 シオンは微笑んで頷いた後、ルーカスの耳元でこう囁いた。
「……今は『ルーカス』と名乗っているんですね。いい名前です」
 そう言うと、横を通り過ぎて扉を開けて外に出た。

「──まったく! とんだ酔狂ね、こんな天気に出て行くなんて」
 砂嵐を見て、ルシカが言った。
「おそらく、この街の近くに移動用ポートを作ったのでしょう。移動用ポートに入れば、嵐の実害はほとんど受けませんので」
「ふーん。難しいことはよく分からないけど……、でも、あのおにーさんも綺麗な顔してたわね。出逢い方が最悪じゃなきゃ、もう少し優しくもしてやれたんだけど」
「きっと、シオンさんも警戒していたのでしょう。シオンさんにもしものことがあれば、ジョリスさんはおろか、多くの仲間が犠牲になるので」

 そう言うと、ルーカスは手のひらに載せたカードを見た。
 レドラにいる、ゼノンという人物。その人物に、ネクタスは一体何を預けているというのだろうか。
 ふと、ソファーに座っていたスレイドが言った。
「お前、レドラに行く気なのか?」
 ルーカスは大きく頷く。
「はい。先生が、私に残してくれたものです。絶対に、受け取りたいです」
「だが、レドラはエデンの近くだ。万が一、お前の身の上がばれたりしたら……」
「そうですね。リスクはありますが、行かないわけには行きません」
 ふと、ルシカが「そうだわ!」と声をあげた。
「だったら、スレイド。あなたも一緒に行ってあげなさいよ!」
「俺が?」
「だって、その『先生』とやらがあなたに頼んでいたじゃない。ルーカスを守ってくれ、って」
 スレイドとルーカスは顔を見合わせた。すかさず、ルーカスも頼み込む。
「もし、スレイドも一緒に行ってくれるなら──それなら、私も安心です!」
「ほらね! じゃぁ、決まり!」
「……お前、俺を厄介払いしたいんじゃないだろうな」
 低く呟かれた言葉に、ルシカはカラカラと笑う。
「そんなことないわよ! ただね、あのアーシアンのおじさんが言ってたことを、叶えてあげたいって気がしたの」
「アーシアンのおじさんって……、先生のことですか?」
「そうよ。おじさん、必死に願い倒していたもの。『彼を助けて欲しい』って。あんな真剣に懇願している人、私、初めて見たわ」
 そう言うと、ルシカは拭いていたグラスに視線を落とす。
「でもね──ルーカスを見ていたら、その理由が私、何となく分かった気がするの。あなたはすごく純真無垢で、汚れを知らない真っ白な心の持ち主だ、って。罪もないあなたが、ただクリティカンであるという理由だけで命を狙われるなんて、そんな理不尽なことあってはならないもの」
 ルシカは視線をスレイドに向けた。
「スレイドが、あなた達の言うすごい人なのかどうか、私には分からない。だけど、彼ならきっと、あなたを守ってくれると思うの。あなたの用心棒として、一緒に連れて行って欲しいとさえ思うわ」
「──ありがとう、ルシカさん」
 ルシカはルーカスに微笑むと、手を叩いて言った。
「さぁさ! そうと決まったら、今夜は豪勢な食事にしましょう! しばらくあなた達に会えないから、私も淋しくなるもの」
 そう言うと、ルシカは厨房に入っていった。ルーカスはしばらくルシカを見ていたが、スレイドに視線を向けた。
「スレイド。あなたは、いいのですか?」
 スレイドはソファーに横たわり、足を高く組み上げていた。
「別に構わない。それに──お前ひとりで行かせたら、それこそ後悔しそうだからな」
「どうしてですか?」
「お前は、あり得ない程に『世間知らずのお坊ちゃま』だ。お前ひとりでヒューマノイドタウンを歩かせたら、1日もしないうちに誘拐されて売り飛ばされるだろうからな」
「そんな……それは言い過ぎですよ」
 肩をすくめて言うルーカスを見て、スレイドは鼻で笑った。すぐに体を起こして、こう続ける。
「──だがな。俺は、お前達レジスタンスの活動に賛同しているわけじゃない。そこは勘違いするな」
「ええ。勿論、分かっています」
 ルーカスは頷いた。
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